高山厚子のウィーン菓子物語

ウィーン気質。
 
「まあ、一度私達のケラーを見て下さいな」イチゴのジャムを見る度に、リュッカー夫人のこの第一声を、思い出します。私がウィーンに住み始めた翌年の4月。友人の家であるリュッカー家に初めて遊びに行った時のことです。まだドイツ語が殆ど分からなかった私は、「ケラー」の意味もろくに分からぬまま、懐中電灯を持った友人の母親であるリュッカー夫人の後について、薄暗い階段を「ホームズとワトソン博士」よろしく恐る恐る降りて行きますと・・そこは地下の物置兼、貯蔵室になっていました。ひんやりとして少しカビ臭いその部屋が裸電球に照らし出されると、そこには無数のワインや、自家製のピクルスやコンポート、そしてその中でも私の目を釘付けにしたのが、ルビーの様にキラキラと輝いていたイチゴのジャムでした。
ナッシュ・マルクト近くにあるマヨルカ・ハウス
オットー・ワーグナー(1898〜99年製作)の作品
ウィーンのハウスフラウ(主婦)は保存食を作ってはケラーに貯蔵する人が多く、また、それが「お料理上手な主婦」のバロメーターでもあります。中でも彼女達がこぞって作るのがイチゴのジャムです。この季節になると、ウィーン4区にあるナッシュマルクトへ新鮮なイチゴを買いに行く人が、後を断ちません。ここでこの「ナッシュマルクト」のお話を少ししましょう。「ナッシュ」と言うのは「ナッシェン」・・「つまみ食いをする」という言葉からきたもので、まあ「つまみ食い市場」とでも申しましょうか、ウィーンの市場では最大のもので、生鮮食料品だけでなく、日用雑貨も売られているウィーンの名物の一つです。

さて、この市場へ初めて買い物にきた時のことです。八百屋の前でちょっと足を止めてみますと何やら見慣れない言葉が商品の上に書かれています。例えばジャガイモの所に、本来ならばドイツ語では「カルトッフェル」と、ある筈なのに「エルドエプフェル」(大地のリンゴ)であったり、アンズが「アプリコーゼン」なのに「マリレン」であったりと・・ドイツ語を習いたての私の頭は、お恥ずかしいことに、パニックをおこしてしまいました。一口にドイツ語と言っても、ここではオ−ストリアの「方言」、特にウィーンはウィーン訛を話すわけですが、ここウィーンにおいては、ただ単に「方言、訛」で片付けられないものがありました。1938年、オーストリアはナチスドイツに併合され、、市中にはあのナチスの旗がひるがえっていました。戦争に反対するオーストリア国民が大多数でしたが、ドイツ人と同じ言語を話すオーストリア人は、武力ではなく、言葉でドイツ軍に抵抗したため、増々ウィーン訛りと方言が強くなったと言われています。まさに「ペンは剣より強しです」それではこの辺で今月のケーキを御紹介します。リュッカー家に伝わるイチゴジャムと、それを使ったイチゴのロールケーキです。ジャムはもちろん市販のもので結構です。「スポンジケーキは難しくって・・」と、おっしゃる方も今回のプロセスをご覧になりながらぜひ挑戦してみて下さい。意外に簡単で、もしかすると、あなたの得意なレシピのひとつになるかも知れませんよ。
エルドベアーローラーデ(イチゴのロールケーキ)
材料
(A) ロール生地
卵   3個
グラニュー糖     60g
薄力粉     60g
レモンの皮すりおろした物、塩、バニラエッセンス   各少々

(B) クリーム
生クリーム     170cc
イチゴのジャム     70g
コワントロー      少々(ない場合は、なくても良い)
※ イチゴジャムの作り方は、こちらをご覧下さい。

(C) 飾り   
生クリーム     30cc
グラニュー糖     少々
イチゴ     3粒

準備
1: 薄力粉はよくふるっておく。
2: 天板に合わせて紙をしいておく。
3: オーブンは200度に合わせておく。
4: イチゴジャムは裏ごししておく。
(A) ロール生地を作る
1: ボールに卵黄とグラニュー糖の半量、レモンの皮をすりおろしたもの、塩、バニラエッセンスを入れホイッパーで生地がもったりとするまで撹拌する。
2: 別ボールに卵白をホイッパーで泡立て、少し立ってきたら残りのグラニュー糖を少しずつ加えながら撹拌して、メレンゲを作る。
3: (1)のボールに(2)の1/3量をゴムベラでざっくりと加えて混ぜ、残りのメレンゲ、薄力粉を混ぜ合わせる。
4: (3)の生地を天板に流し、200度のオーブンで9分ほど淡い焼き色がつくまで焼く。
5: あらかじめ薄力粉をふっておいた紙に裏返して冷ます。

(B) クリームを作る

1: 生クリームはボールの底を氷水に当てながら八分立てにしておく。
2: ここへ裏ごしをしておいたジャムとコワントローを加えて混ぜ、9分立てにする。
仕上げ
1: (A)のロール生地の紙をはがし、生地の手前1cmほどを残して、全体に(B)のクリームをスパテラ等でぬり、紙ごとロールに巻き1時間ほど冷蔵する。
2: 残りの生クリームとグラニュー糖少々を全分立てにして口金をつけた絞り出し袋に入れて均等に6コ絞り出し、その上に立て半分に切ったイチゴを飾る。
イチゴジャムの作り方
材料
イチゴ(よく熟したもの)   300g
グラニュー糖     210g
レモン汁   少々
作り方
1: イチゴはふさを取り、ざっと洗って水気をよく切っておく。
2: 鍋に(1)を入れ、その上にグラニュー糖と、レモン汁をかけて、1時間ほどそのままにしておく。
3: (2)を始め強火にかけてアクをこまめにとり、弱火でとろみがつくまで煮詰める。
4: 消毒(煮沸)をした瓶に、まだ(3)が熱いうちに入れ、しっかりと蓋をする。
高山厚子のプロフィール
東京都出身

フェリス女学院大学音学科ピアノ科卒業後、ウイーン・コンセルヴァルトワールに留学。シュタートラー教授にピアノを師事。
ウイーンガストロノーミッシェ・インスティテュートにおいて、ヴォルフガング・カルプヘン氏にウイーン菓子を師事する。
スイス・バーゼルにおいてカール・シルマン氏にマジパン細工を師事する。
その他、デュッセルドルフ、コンディトライ カフェ・マウス
ハーゲン、カンデルン、カフェ・ラコステにおいて研修を積む。
日墺文化協会会員 
日墺文化協会主催「ウイーンのお菓子教室」講師
高山厚子著書「ウイーン菓子12ヵ月」文芸社
 
日墺文化協会(http://austria.gooside.com/)へはこちらから
 

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