| さて,昨年のモーツァルト生誕250年の賑やかなことといったら.....。どこへ行っても彼の曲が鳴り響いて「ハッピーバースデー ヴォルフィ−(モーツァルトの愛称)」の大合唱。日頃はクラッシック音楽にうとい私の友人も,去年ばかりはちょっとしたモーツァルト通に大変身!ちなみにモーツァルトのヴァイオリンとオーボエの曲は右脳の活性化に一役かっているとか。・・・とすると昨年だけでもこの恩恵を受けた人はたくさんいたのではないでしょうか?「えっ、もうモーツァルトは食傷した」ですって? まあそんなことはおっしゃらずにヴォルフィ−の話に少しおつきあいください。
ウィーン、シュテファン教会の裏手にある「ドムガッセ5番地」。ここに通称「フィガロハウス」があります。
(現在は「モーツァルトハウス」と改名)彼はここに2年7ヶ月住み、オペラ「フィガロの結婚」を筆頭に数多くの名曲を生みだしました。
 フィガロハウス
「えっ、そんな短い間しか住んでいなかったのか」ですって。いえいえ、彼の引っ越し遍歴のなかではこれでも一番長く住んでいたのです。音楽家というものは、とかく近隣とのトラブルが絶えないのが世の常。どんな名曲でも聴く人によっては残念なことに騒音と化すこともあるのですから。 まあベートーベンほどではありませんが、彼モーツァルトもここウィーンで14回引っ越しをしました。通算すると彼は10年余ウィーンに住んでいたので、このフィガロハウスの住み心地はさぞかし良かったのでしょう。
そんな話はさておき、このフィガロハウスはウィーンの一等地にあるため当時でもかなり家賃が高かったようで、月10−20万円以上住居費にかかったようです。「だって彼は貧困のなかで死んだんでしょ」ほらほら、あなたが知っているモーツァルトと少し違うでしょう?
ちょうどお湯が沸きましたので、コーヒーでも飲みながらゆっくりお話をしましょう。今日のお菓子は口あたりの軽いレモンクリームです。「モーツァルトとレモンの関係ですか」あなたはなかなか探究心が旺盛の方ですね。彼、モーツァルトの時代には、レモンはどちらかと言うと高価な物でしたが、このエキゾチックな果物は当時から、スープ、肉、魚料理そしてもちろん、ケーキに‥と幅広く使われていました。そんななかでもレモネードとレモンのビール割りに、彼は目がなかったようです。自宅にまでビリヤード台を持っていたモーツァルトのことですから。このレモンのビール割りを片手にビリヤードに興じていたかも知れません。
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