〜金色の雨 編〜

おもしろクラブ「Field-Day]代表
苅野 玲子

晩秋の長野は金色の雨が降る。
どこまでも透き通った青空から、
はらはらきらきらと金色の雨が降る。

それは木々の紅葉が一段落し、
11月の声を聞くとクライマックスを迎える。

々を黄金色に染め、圧倒的な美しさで私達にせまり、

度は金色の雨だ。

は足元に積み重なり、黄金色の絨毯が敷き詰められる。

べてが金色の世界。

こまで人を感動させたら気が済むのだろう。

んと静まり返った山の中、

りそそぐ黄金の音と、私達のためいきだけが聞こえる。

 

自然のものが美しく気高いにちがいないが、しばし唐松の林が植林だということを忘れてその中にたたずむ。こんなに美しい唐松なのに悲しいかな、最近は唐松の苗木を植林しているところをみかけない。新しく植林するところはたいていヒノキかサワラ、アスナロのたぐいである。私はどうせ植林するなら絶対唐松、とひとり心に決めている。が、ひとりで思ったところでいたしかたない。今は山はもうからない。

でもこんなにきれいな黄葉、観光客に来てもらうすばらしい資源ではないか。植林をしないなら雑木林にしてほしい。雑木林こそすばらしい紅葉が期待できる。動物たちだって大喜びだ。

行政が山を観光資源としている人に少し援助をすればよいのに。山はみどりを育て、水をはぐくみ、海にたどり着いた栄養分がプランクトンと魚をふやす。そしてそのすべてが人間に必要だ。山は観光資源のみならず、エコロジーの原点だ。

でもそんなことを考えなくたって、せまりくる紅、ふりそそぐ金色の雨の中にたたずめば、おのずと心が満たされ、答えが向こうから近づいてくる。しかしたたずむ暇もない人間、立ち止まることさえしない人がたくさんいるではないか。もう山には未来はないのだろうか。そのうち金色の雨をあびることはかなわなくなるのだろうか。山をいじめればそのしっぺがえしは以外とはやくやってくる。ああ、神様、その慈悲の心によっていつまでもこの私が金色の雨の中にたたずむのを許してください。そう願わずにはいられない。

そう、もうすぐクリスマスだ。神様は黄金の季節の後にもう一つ、プレゼントをくれる。

 

真夜中の凍てつく林、晴れ渡った暗い夜空を見上げるとそこには大きなクリスマスツリーがあらわれる。ちかちかと光り輝く星が林の枝枝にまとわり付き、クリスマスツリーのイルミネーションのようだ。いや、こちらが本当かも。イルミネーションは自然をまねただけ。みなさんも本当のクリスマスツリー、見に行かれたら?

 


back