春の多摩湖探訪
-早春の風に揺れる、森の妖精たち-
番外編 -春の淡雪-
写真・文 森の人 泉 健司

春の淡雪

やけに冷えると思ったら、雨から雪に変わっている。
3月31日、桜が咲いてからの雪なんて。

7年ぐらい前だったか、やっぱり3月になってドカ雪が降ったことがあったけれど、あの時みたいに積もるんだろうか?なんて思ったら、「おっ、こうしちゃあいられない。桜に雪が積もったら、良い写真が撮れるんでないかい?」、ちようど昨日借りてきたばかりの防水デジタルカメラを持って、外に飛び出していた。

だって、いつまで降るかなんて、何にも保証はないんだからね。うん、それにしても、ついてる。タイミングが良すぎて、嘘みたい。せっかくのヘビーデューティー仕様のカメラ、こんな悪条件でもなければその能力をフルに発揮できないもんねえ。

近くの大きな病院に、桜がいっぱい咲いている。近所の人たちの、お花見のポイントにもなっているところだ。お気に入りの池を目指して行くことにした。

 

桜の花に、
春の淡雪。

ん〜〜、長生きはするもんだ。でも、結局積もりませんでしたねえ。


撮影: RDC-200G
 
桜の花房に雪がのっている写真を撮りたいと思って病院の林の中を歩き回るが、ああ、春の淡雪のなんと短命なことか。花びらにふれるや、はかなく消えてしまう。しかしまあ、染井吉野なんて、なんだか画一的であんまり好きじゃあなかったけれど、雨に濡れそぼった花房を間近に覗くと、なんとまあ妖艶なこと。これで香りの無いのが嘘みたい。
 

雨の染井吉野

匂い立つような妖艶さ。晴れた日では、こうは行かない。


撮影: RDC-200G
 

考えてみたら、雨の日に桜を撮りに出かけようなんて頓狂なことを考えたことって、今までさすがになかったなあ。でも、こうしてファインダーを覗くと、普段見ているのとは違った、妙に色っぽい桜の姿がある。う〜む。何事もきっかけは大事だねえ。気をよくして、他の桜も撮ってみることにした。

しだれ桜の並んでいる場所に行ってみると、いつもの風にそよぐ桜ではなく、濡れそぼってただずむ桜木たちの姿が目に入った。無邪気に咲いている普段の顔とは違って、妙に大人びた風情を見せている。なかなか良い。

 

しだれ桜

しだれ桜 は、歌舞伎に出てくる姫のようなはかなさが良い。

これはたぶん、エドヒガンのベニシダレと言う品種。


撮影: RDC-200G
 

この分なら、と思い大島桜を探す。大島桜は桜餅でお馴染みなはず。あの葉っぱは、この桜の葉を蒸してから樽に詰めて発酵させた物なんです。独特の香りはクマリンという抗菌作用のある成分。笹にくるんだチマキや、沖縄ちまきのクファジューシー(これはゲットウの葉で巻いた物)も同じ香りがするけれど、やはり成分は同じ。昔の人は、すごいよね。科学的知識でやった訳じゃないんだけど、どれも共通の成分が腐敗を防いでいる。

話がそれた。大島桜の花だった。あれはヤマザクラと同じで、花より先に葉が茂る。白い大振りな花は晴れた日に見ると、なんだかホコリじみて色気にかけるような気がして、どうも手放しで美しいと言いにくい花のように思えて仕方がない。でも、今日なら違って 見えるんじゃないかなあ。

 

大島桜

普段なら、他の桜に比べて男性的なさっぱりした感じの花だが、今日はやはり雰囲気が違う。

雨に濡れた武者姿と言ったところか。


撮影:RDC-200G
 

お目当ての池に着いたけれど、雪はみぞれに変わってしまった。ちっっ、残念。後で見たasahi.comでは「長野県南部の飯田下伊那地方では、-中略-山頂付近が白く覆われ雪化粧した」そうな。雪に埋まったフキノトウの写真が載っていた。

仕方がない。雪はあきらめて、僕の一番好きな桜、山桜を撮ることにしよう。今でこそ染井吉野にお株を取られてしまったけれど、古来から日本の桜と言えば山桜だったんだぜいっ!僕は、一株ごとに違った表情を見せる山桜が、やっぱり好きだな。あなただってきっと、春の山肌にたなびく霞の間から斜面を覆う山桜の林を見たら、その微妙な彩のある美しさに見惚けてしまうはずだ。

染井吉野は江戸末期から明治初期に東京の染井村(今の豊島区駒込)の植木屋から売り出された、大島桜と江戸彼岸との自然雑種だ。接ぎ木で殖やされた、今で言うクローンなんで、一斉に花が咲くのは当然と言えば当然。沢山あるように見えても、所詮は一個体の分身の術なのだからねぇ。

 

山桜とフランス鵞鳥

撮影:RDC-200G
 

雨もよいのグレーの空と山桜のピンクの花は、良く調和する。 さて、雨の日のお散歩はまだまだ続く。実は、ここからが僕にとってのほんとの楽しみなんだ。

中の島に渡るとそこはちょっとしたビオトープ状態。いつもなにがしかの発見がある。今日はこれ。クサイチゴの花だ。鳥の糞から芽を出したもので、最近都内では急速に増えている植物の一つだ。イギリスなどではジャパニーズ・ワイルドベリーとか呼ばれて、結構良い値で取り引きされている。食べてみると薫り高く、旨い。とかく日本人はやれラズベリーだのブラックベリーだの騒ぐけれど、あのラズベリーだって品種群の総称に他ならず、あまつさえこのクサイチゴは重要な交配親として利用されてさえいるんだからね。もっと大事に扱ってもらいたい物だよ、ほんとに。って、何を怒ってるんだか、おいらってさ。はは。

 

クサイチゴ

イギリスの植物図鑑みたいな色調に撮れて、ご満悦な僕。


撮影:RDC-200G
 
やはり、こういうローキーな写真は、雨もよいの日を見計らって出かけなきゃあ撮れません。普通のカメラだと隙間から水が入ってレンズが曇ったり、漏電して動かなくなったりとさんざんだけれど、防水機能のデジカメならほんと、心強いよね。はじめは、「重てえよ。こんなもん!」とか思ってたけど、今ではすっかり頼もしい重さになってしまった。てへっっ!
 

池の畔の
シダレヤナギと フランス鵞鳥

柳の芽吹きは、
本当に春の訪れを感じさせる。


撮影:RDC-200G
 

ところで、アスピリンって、柳の皮から採れるものだって知ってましたか?
人気のないグランドで、カルガモたちが草の種を食べていた。スズメノカタビラみたいに何でもない雑草の種も、彼らにしてみれば大切な食料なのだ。いたずらに除草剤をまいたりしなければ、グランドの砂埃も押さえられる。

どうしてこう、日本人は杓子定規というか、害もないのにむやみに草取りなんかしたがるのか。露出した地面なんて土を痛めるばかりで、良いことなんか一つもなさそうなのにねえ。朝露に葉のきらめくグランドで草野球なんて、おつな物じゃあないですか?その辺から美意識を変えていかないと、日本の自然保護やビオトープなんて、はかが行かなくってしかたがないように思えてねえ........
どんなもんでしょ?

 
カルガモのお散歩
撮影:RDC-200G
 
林の中に、ムラサキハナダイコン(ムラサキハナナ、ショカツサイ)の花が雨に濡れていた。この花は、もともと中国原産なんだけれど、30年ほど前、ある花好きな御仁が山手線内を中心に種を蒔いて回ったのが、この花の美しさも手伝って人の手を伝って半野生化した物なのだそうだ。
 

ムラサキ
ハナダイコン

関東地方の気候は、この植物に良くあっているようだ。


撮影:RDC-200G
 

林を抜けると、広い菜園がある。実はこの病院。園芸療法を行っていることで有名なのだ。患者さんたちは、心の病を花とのふれあいの中で治していくのだ。

僕がこの病院によく遊びに来るのも、実は、ここで見ることの出来る野鳥たちが、他で見るよりも警戒心が薄くてのんびりしているからでもあるのだ。

晴れた日には手を取り合って桜を見て回る患者さんたちを見ると、心に病を抱えているためにかえって毎日を穏やかに過ごそうとしている姿が、なんだか世間なんかよりもずっと理想郷に近い暮らしに近いように思えてしまうのだ。

それは、病院の敷地内にいる動物たちが人を恐れない姿からも、裏付けられるような気がする。

 

キャベツ

何の変哲もないキャベツだが、雨の日にはまた格別の美しさだ。こういう地際から束になって出ている葉を、植物学用語ではロゼット(バラの花に似るため)と読んでいるが、思わず納得させられてしまう。


撮影:RDC-200G
 

スイセン

雨にうたれて、すがれた水仙の美しさ。 最近のヨーロピアンのフラワーデザインには、こんな所からヒントを得たようなスタイルも流行している。


撮影:RDC-200G
 
プロフィール

いずみ けんじ
泉   健司

http://www.biotope-garden.com/
ビオトープ・ガーデン提唱者、植物生態コンサルタント、 自然造形作家 1954年愛知県豊橋市に生まれる。
東京農業大学農学科副手を勤めた後、環境アセスメント をはじめとした各種植生調査、フロラ調査の仕事に従事。 ビオトープ・ガーデンを提唱し、TVを初め様々なメディ アで紹介されている。またフラワーアレンジメントや自 然造形物を素材としたクラフト、コンピューターグラフ ィクス、環境音楽の制作など、多岐にわたる活動を行っ ている。
教育活動にも力 を入れており、東京バイオテクノロジ ー専門学校や東京医薬専門学校の非常勤講師も勤める。
農学修士。マミフラワーデザインスクール登録講師。
 

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