都市の風景
都市の風景:東京の建物・照明・ショーウィンド・乗り物などのデザイン考察
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都市の風景:表参道のケヤキ並木

文・写真 石原 鐵雄

僕は、ケヤキが若葉を繁らせる季節が好きだ。

桜が咲く頃も、いかにも日本の春という感じでいいが、すこし肌寒い。ケヤキが新緑に染まるシーズンは、気温も25度を超え湿度が低く、爽やかである。こんなシーズンに、その日が快晴なら誰だって家には居たくない。僕も用事があるわけではないが、なんだか外に出かけたくなった。僕の住まいから表参道まで、徒歩で25分。自転車なら約10分と近い。自転車で行くことにした。

ペダルを漕ぐと、サラっとした風が半袖シャツの懐をくぐり抜けていく。

♪オーシャンゼリーゼ・・・ではなく♪オーオモテサンドー・・・

とハミングしながらケヤキ並木をめざす。僕は、自転車を代々木公園の駐輪場に止めた。ここから表参道のケヤキ並木まで、歩いて3分。原宿駅前の歩道橋を上がり、道路の中央あたりからケヤキ並木を眺めた。舗道の両側に植えられたケヤキ並木の枝葉がアーチのように伸びて、道路が緑のトンネルのように美しい。ケヤキは、高さが20メートルほどの大樹だが、枝葉は小さくて可愛らしい。時折吹く風に、小さな葉が気持ちよさそうに揺れる。やわらかな初夏の陽射しを浴びて、葉裏をのぞかせながらキラキラ輝く。

ふりかえれば、表参道にはたくさんの想い出がある。

35年前。僕は、表参道の交差点近くに、デザイン事務所をオープンした。事務所は、初代11PMの司会者、木島さんがオーナーの3階建てのビルだった。あの頃。原宿から青山のあたりは、広告デザイン、ファッションデザインなど、横文字関係の会社が多かった。木島ビルの1階には、オートバイを扱っている会社があった。


原宿駅の歩道橋からのケヤキ並木

明治通りと表参道の交差点

そこに掘宏子さんという若くて美しい女性がいた。
彼女は、身長が165センチくらい。スリムな身体にフィットしたライダー・ジャケットが、よく似合っていた。彼女とは2年間、同じビルで一緒だったので、しだいに話をするようになった。

いつだったか・・。その掘さんと、思いがけず原宿の交差点近くで出会い、ケヤキ並木が見えるカフェでコーヒーを飲んだ。
「ケヤキがきれいね。わたしはいまのシーズンがいちばん好きよ」と、彼女が言った。
僕も・・・と、頷きながらこたえた。
彼女は、高校時代からオートバイに乗っていた。オートバイで、世界中をツーリングしていた。ツーリングの日記をもとにオートバイのエッセイを出版した。出版したあと、マスコミから取材され、いろいろな雑誌に登場するようになった。

「近頃の堀さんは、有名人だね」と、僕が冷やかした。
「有名人だなんて・・・」 彼女がうつむきながらテレ笑いを浮かべた。
「わたしの夢は、パリ.ダカールラリーに出場することなの」と、彼女が瞳を輝かせながら言った。 その後、何年か経って、彼女がオートバイ事故で亡くなったことを、僕は風の便りに知った。自然が好きで、山を、丘を、砂漠を、風のように駆け抜ける堀さんを、ケヤキ並木を散歩するたびに思い出す。

あの日から30年。お屋敷街だった表参道は、ファッション街に変貌した。
道行く人も、ブランドものを着たオシャレな人が増えた。いまや表参道は、東京が世界に誇ることができる街並になった。パリのシャンゼリーゼにも勝るとも劣らない素敵な街並は、やはり枝葉を道路いっぱいに繁らせるケヤキ並木があるからだろう。

建築家の安藤忠雄氏は、「表参道ヒルズ」の設計にあたって、建物の高さを5階建に押さえた。舗道を歩く人に圧迫感を与えず、ケヤキを雄大に見せるすぐれた設計思想といえる。

でも、ケヤキが以前より元気がないように見えるのが、僕はすこし心配である。  


表参道ヒルズ入り口

表参道側から原宿駅を望む

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