与論島通信
文・児玉幸生

ゴウに入らばゴウに従え。
 
僕はトンボに限らず、自然のなかにいる動物と出会うのが好きで、あちらこちらによく出かける。いまから30数年前、22才の頃。沖縄にトンボ捕りに出かけた。那覇空港に降りると、あの頃の沖縄はまだ米軍の占領下にあるような雰囲気だった。空港には、迷彩色の米軍の飛行機やかまぼこ型の宿舎が見えた。
僕はハブが恐いから、血清をうってもらうために、那覇の保健所に直行した。
保健所の係の人に「血清をお願いします」と言ったら、「どこを噛まれた」と聞かれた。「まだ噛まれていません。これからジャングルに入ってトンボ捕りをするので・・・ハブに噛まれたら保健所に来る前に死んじゃうから」と、話した。
すると係の人は、「毒は、毒をもって毒を制すという諺があるでしょう」と、呆れ顔で言う。つまりハブの血清はハブの毒だったのだ。だから「噛まれてないのに血清をうったら君はここで死んじゃうよ」と、笑われた。
帰り際、どうしても危険な場所へ行くんなら、マッチを一箱持って行けと、教えられた。ハブに噛まれたとき、「噛まれたところにマッチを束ねて火をつけろ」と。一瞬の爆発熱で、ハブの毒を焼き殺すのが、唯一の助かる方法らしい。
さらに、ハブはとても臆病な動物なので、ハブからは人間を襲ってはこない。
ただし、ジャングルなどで、急に出会うとハブは逃げられないと思い、最後の手段として人間を攻撃してくるそうだ。
このアドバイスを聞きながら、僕は親父の話を思いだした。親父が戦争で沖縄に行ったときジャングルの中を棒で草むらの廻りを叩きながら歩いた話。あれは、動物と突然遭遇しないために、棒で周辺を叩くことで、人間が歩いていることを動物に伝えるやりかただったのだ。そういえば、北海道では熊と出会わないように、鈴を鳴らしながら歩く。
まあ、考えてみれば、ハブが住んでいるところへ人間が勝手に侵入するのだから、噛まれてもしょうがないか。
とりあえず、僕はマッチ箱と棒を持ってジャングルに入った。
沖縄の北部。低い山々が連なる谷川沿いを登っていると、前方の木々の上を羽の黒い大きなトンボが飛んでいるのが見えた。「カラスヤンマだ!」初めて見る美しいトンボである。チャンスを待つ。2時間後、あたりが暗くなってきた。
危ない。保健所の係の人が、「ハブは夜行性だから、気をつけろ」と言っていた。
残念ながら、その日は下山。ホテルに戻る途中、小さな食堂でカレーライスを注文した。このカレー。なぜかまったく辛くない。むしろ甘い。甘いけどまずくはない。僕は甘いカレーを食べながら、窓越しに空を見た。真っ赤な夕焼けを背景にトンボが飛んでいた。
そのとき、店の叔父さんが「明日は、台風が来るな」と、言った。「どうして」と、尋ねると。「トンボがいっぱい飛んでいるから・・・」と、答えた。
やはり翌日は悪天候。僕は予定を繰り上げ、東京へトンボ帰り。
残念!カラスヤンマは次回におあずけとなった。
 

トンボの解説
カラスヤンマ(写真はメス。オスは標本の羽根が折れてしまいました)
沖縄本島に分布。ミナミヤンマの原亜種。体形は奄美大島のミナミヤンマとほとんど変わらない。オスは羽根が濃褐色を帯びる。メスは羽根が濃褐色にならない。
腹長:オス59〜62cm メス38〜64cm

 
プロフィール
児玉幸生(パン製造業)


1947年  東京都生まれ
高校卒業後、石津健介氏の(株)VANに就職。
かたわらモデルとしてサントリーのCMなどに出演。
25歳でVANを退社。父親のパン製造を継いで「デイジイ」を設立。
1997年 甥の倉田博和がデイジイを代表してパンのプロ・コンテストに出場。日本一になり農林水産大臣賞を授与される。
2004年 横浜市青葉区青葉台に「Von Vivant (ボンヴィヴァン)」を出店。

趣味のトンボ捕りは、小学校時代から現在まで続いている。日本はもとより、東南アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど、トンボを追いかけすでに数10カ国を歴訪。現在に至る。

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