男の雑貨

男は雑貨屋で雑貨を買わない。
文・写真 野呂珍平
 
男の雑貨
 
女性は雑貨が好きだ。
本屋さんに行けば、雑貨コーナーがあり、そこにはたくさんの雑貨雑誌が並べられている。雑貨のエッセイや写真集のような単行本もある。
立ち読みしてみると、その内容はすべて女性向けである。
いまや雑貨の分野は限りなく幅広い。日常の生活品から、調理道具、照明器具、ファブリック、椅子などの家具までが雑貨に収められている。
東京一の雑貨ストリート「自由が丘」を歩けば、雑貨屋が軒を連ね、買い物客の9割は女性である。
たまに店で中年の男性を見かけるが、「僕は妻のお供でしかたなく入ったからね」と、いった様子で落着かず、目線は商品ではなく出入り口の方を見ている。
ところで、自由が丘にあるような雑貨屋さんは、いつ頃できたのだろうか。
僕の記憶では、20年くらい前の「ソニープラザ」あたりが雑貨を扱った元祖ではないだろうか。それまで雑貨は、アンティーク屋さんの片隅にそまつな扱いで並べられていたり、骨董市などで探した。
生活雑貨は、渋谷パルコにできたサザビーズの「アフタヌーンティー」1号店あたりから、いまのような雑貨屋スタイルに変わっていった。
いまや日本の雑貨という言語は、外国でもZAKKAといわれ、それらしき店もできているらしい。
 
しかし、男向けの雑貨屋さんは見かけたことがない。
男は腕時計やライターにはこだわるが、雑貨などには興味をもたないと、世間が思い込みすぎていないだろうか。ちなみにロレックスやジッポーなど腕時計とかライターを特集した雑誌はよく見かける。でも、そうした特集は、ブランド図鑑のような内容で、雑貨的な腕時計やライターではない。
だが腕時計も国産の手巻きモノだったり、ユニークなカタチをした珍品のライターであったりすれば、雑貨モノとなる。
このあたりの線引きがむずかしいところで、同じジッポーのライターでもアンティークになったりガラクタとして扱われたりするからやっかいだ。
それはともかく、男の雑貨屋さんがないのだから、僕は繁華街の散歩で雑貨を買うことが多い。
雑貨をなぜ買うのかという疑問を、僕自信が突き詰めて考えたことはない。
突き詰めて考えたら、日常生活には不要なものだから、きっと買わなくなるだろう。
ではなぜ買うのか。それはモノとの一瞬の出会いの愉しさである。
街で素敵な女性とすれ違う時の、ときめきを憶える出会いに似ている。
この間は新橋を歩いていて、カメラ屋さんのショーケースで70年代のポラロイド・カメラを発見した。
そのカメラは、銀茶色のポラロイドSX-70。SX-70は、僕が広告代理店にいた頃プロのカメラマンが使っていた。当時は、ハッセルブラッドのカメラにポラロイドのマガジンが直接装着できなかったのでSX-70で撮影し、仕上がりを確かめた。
ポラロイドを眺めながら「髪が重たい感じなので、アップにまとめようか」と言いながら、モデルと話をしているカメラマンがカッコ良く見えた。
デジタル・カメラも撮影した画面を液晶モニターで見ることができるが、その場でプリントはできない。その点、瞬時に現像から印画紙に焼きつけできるポラロイドの価値を再評価すべきではないかと、僕は思っている。
それはともかく、僕はショーケースのポラロイドSX-70の値段を入念にチェックした。
なんと「7000円。うーん安い」。確か70年代の定価は10万円以上したように記憶している。しかもポラロイドSX-70は、あのジョンレノンが愛用したインスタント・カメラだ。このチャンスを逃がしてはジョンレノン様にも申し訳ない。ということで「叔父さん。これください」と、なる。

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