男の雑貨

ゴチャゴチャした風景。
文・写真 野呂珍平
 
男の雑貨
 
机の上がゴチャゴチャしている。本棚もゴチャゴチャしている。部屋全体がいろいろなモノで、ゴチャゴチャしている。いつからこんな状態になったのか。
渋谷に越してきて6年目。越してきたばかりの頃は、もっとスッキリしていた。
いま、机の上は隙間がないほどモノに埋まっている。
長方形のデスクの左半分は、パソコンのiMacが占領している。右側には東芝製の70年代の蛍光灯。その周辺には黒の眼鏡ケース。なかには老眼用の丸眼鏡が入っている。なぜか置時計が二つある。古い一眼レフカメラもある。正面には、額に入った自分の似顔絵が立て掛けてある。その手前はボールペン、サインペン、ハサミなどが詰め込んであるマグカップ。マグカップの横には透明なプラスチックでできた貯金箱。オリエンタル・ホテルの灰皿もある。
なぜこんなものが机の上にあるのかというと、行き場がないのだ。モノを収納するところがないから、とりあえず机の上に置かれている。
モノは買うが大事にしないので、これらはホコリをかぶったまま机の上で3年を経過した。
 
机は年代物で、長男が中学生のときから大学を卒業するまで使っていた。
息子は結婚して孫が二人いるから、机はおよそ20 年ほど前に購入したのだろう。
なんとなく捨てがたく、現在は僕が愛用している。
椅子は、60年代のイームズ・アルミナム。僕が所有している椅子のなかで、いちばん気に入っている椅子だ。どのくらい気に入っているかというと、もし火事になったら、この椅子だけは持ち出して逃げようと、そのくらい気に入っている。椅子には、淡いブルーの布地が張られている。アルミダイキャストで造られた細くてシャープなひじ掛けのカタチが好きだ。支柱から伸びた5本の脚がキリッとしていて感じがいい。繊細な女性の脚のくるぶしを連想させる。座り心地も申し分ない。長い間座っていても疲れない。机用の椅子は、過去に3、4脚愛用したが、アルミナムほどすばらしい椅子には出会っていない。
本棚に目を移すと、机同様ゴチャゴチャしている。本棚は、雑誌や単行本で満杯。空いているところは、収納されている本の手前のスペース。わずか3センチ幅ほどの細長い面積。この細長いところに、行き場のない小物が置かれている。とにかく机も本棚も飽和状態。
置き場もないのに、モノは日々増え続ける。
 
雑貨好きは、モノを買うとき自分の部屋が物置き状態であることを忘れている。
数カ月前、カメラマンと仕事で地方に取材に出かけた。出張先はあいにく雨。撮影待ちで4日間、ホテル住まいをした。部屋は広々したツインルーム。
白い壁面には抽象画が架けられていて、モダンな応接用テーブルと椅子。
窓辺のデスクには北欧風のスタンドが置いてある。
「ホテルは気持ちがいいなあ。ムダをはぶいたシンプルなインテリア。若い女性がこういう部屋に住みたいと思うのがわかる、わかる」と、僕は久しぶりにスッキリ感を満喫した。
それが2日目になると、なんとなく落着かなくなってきた。
3日目になると、室内のシンプルさ、清潔さにイライラするようになり、小さなわが家が脳裏にちらつきはじめた。
4日目は、あのゴチャゴチャした自分の部屋が懐かしくて「早くお家に帰りたい」と、懇願するような心境になっていた。
だめですね、雑貨好きの男は。やはりゴチャゴチャしたゴミ箱のような部屋にしか、安息が得られないのですから・・・。
 

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