男の雑貨

ムダという生き方。
文・写真 野呂珍平
 
男の雑貨
 
雑貨は、ムダの象徴である。
それは、雑貨が世の中にあってもなくてもよいものだからである。 
でもムダをバカにしてはいけない。人生のなかで、ムダの多い経験がある人ほど味があるし、話もおもしろい。
一流大学を卒業して、一流企業に入社。20代後半に、良家の美しい女性と結婚。
頭の良い子供を育てながら、順調に出世しているエリート社員Aくん。と、もう1人は、サーフィンにのめり込んで大学を中退。30代のはじめまでハワイやカリフォルニアでサーフィン三昧。帰国後、湘南のサーフショップでインストラクターをしながら、オリジナル・シャツをデザイン。そのシャツが若者に支持され、自社ブランドを設立。37才になって、ハワイのロコガールと結婚。
いまやホノルルと湘南に家を持つ資産家に成長したBくん。
これは実際に近い話ですが、あなたはどちらに魅力を感じますか。
僕は、断然Bくん。サーフィンのために大学を中退。その後サーフィンのインストラクター、シャツのデザインと、自分がしたいことをとことん追求した生き方に惹かれる。人間の成長過程で好きなことに夢中になることは、決してムダではなく、その人らしい生き方だといえる。
真面目な人生を送ってきた人は、話も真面目でつまらない。
以前、清涼飲料のコマーシャルで、おもしろいCMがあった。
TVドラマ「北の国から」に出演した俳優の大滝秀治さんが、S社の「天然水」を飲んでいると、隣で息子を演じている俳優岸部さんが、天然水がなぜうまいかを説明しようとした。すると大滝さんが、「つまらん!お前の話はつまらん!」と、怒りながら、天然水をうまそうに飲む。
僕はこのCMが好きだ。大滝さんは、なぜおいしいかを考えて飲んでいるのではなく、なんとなく気に入ったから飲んでいるのである。
いまやコンビニやスーパーに行けば、何10種類もの清涼飲料水で溢れている。
消費者は、飲料水を選ぶとき、身体にいいからなどといった理由で商品を買うのではない。だからこのCMのように「なんとなく、いかがですか」的な売り方がいい。消費者も抵抗せず、「なんとなく飲んでみようか」という気持になる。
「選ぶ」行為は、人それぞれの感性や嗜好による。なかには僕のようにパッケージがカッコいい、ネーミングが好きといった、単純な動機で選ぶことがある。
仮に、ある大企業が「新発売の飲料水は、我が社の技術陣の総力を結集して開発した最高の飲料水です」と声だかに叫んでも、多分誰も振り向いてくれない。
逆に真面目さが、嘘に思えたりする時代である。
腕時計が良い例である。セイコーもシチズンも、365日腕につけても1秒も狂わない電波時計を売っているが、あまり売れていない。もはや腕時計は正確さではなく、ファッション・グッズのひとつ。アクセサリーに近いもので、スーツやカジュアルといったスタイルに合わせたり、スポーツによって使い分けたりする。僕も腕時計を7、8個もっているが、正確さではなく機能的なデザインやカタチで選んでいる。
つまり、ここで言いたいのは真面目に考えたモノより、ムダと思えるモノが新しい文化を創造し、人生を楽しくしてくれるのである。
企業も消費者にムダをさせるために商品を開発している。最近の商品では携帯電話。開発時は携帯を身につけていれば、どこの場所からでも相手と話ができる便利さが売りだった。それが相手の電話番号が入力できるようになり、メールができる、写真が撮れる、ナビゲーションがついている、といったように次々進化。そのつど僕たちは新しい携帯電話を買っている。実際は話ができれば充分なのですが・・・。
でも、いいんじゃないですか。ムダを買う人生。ムダを愉しむ人生。

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