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Tulipa Leen van de Mark**
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チューリップの語源は、チューリップの花形が、原産地のトルコなど中近東の人々が頭に布を巻き付けた独特な被り物、「ターバン」に似ているため、ターバンを文字って付けられました。この地帯には今だ、数百種におよぶ野生種があり、その様は、ミニターバンが群集している様でもあります。
1554年
ド・ブスベックが、野生種として自生していたチューリップを、トルコからヨーロッパに持ち込み、たちまちに人気の的となりました。
特にオランダでは貴族を中心として、大変に注目を浴びる事ととなりました。
1600年代
オランダでは、それまで、高貴の花として貴族の間しか注目されなかったチューリップが、誰でも簡単に改良種が作り出せることから、庶民にも幅広く普及し、やがて、オランダを中心に、ヨーロッパ全土でチューリップ改良ブームが巻き起こりました。
| オランダ・キューケンホフ |
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日本にはちょうど園芸ブーム全盛期、江戸の後期にヨーロッパから渡来してきましたが、このころの日本の園芸ブームは、専ら、日本古来の植物で変わり葉、すなわち、斑入りの葉や花をだすことに注がれていたため、チューリップはあまり関心されませんでした。
渡来された当初は、日本名で、ウッコン草と命名されましたが、いつのまにか廃れて、使用される事はなくなり、今では、我が国でも「チューリップ」の呼び名がすっかり定着しています。
1700年代
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Tulip White Dream**
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ヨーロッパ全土に渡って、チューリップの品種改良が全盛期を迎え、その勢いは、新品種のものは投機の対象として、大変高価格で取り引きされ、一夜にして、億万長者を築き上げる者が続出するほど、ヨーロッパ経済をも揺るがすものとなりました。
さらに、赤い花びらに白い縞の入ったウイルス病に侵された花でさえも、新品種として改良を重ねられて投機の売買の対象になったり、遂には、花だけではなく、球根の状態で先物取り引きされ、紙幣の流動は実際にある球根の数よりも、何百倍以上という空上を飛び交う経済混乱に陥り、この時代を「チューリップ乱狂時代」と歴史上に名を残すこととなりました。
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オランダのチューリップ畑
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しかし、今に至る、色、草丈、花形、縞、が大変バラエテイ―に富むのも、このような乱経済とそれにまつわる人々の悲喜劇が背景にあったからこそです。
1751年
イギリスのフィリップ・ミラー氏が、花の受粉に、昆虫が関与しているのを発見した最初の花がチューリップだと言われています。
1900年代
日本では大正時代、チューリップ栽培に最も適した、冬に適度な湿度が保て、気温の変動がない、日本海側で降雪地帯の富山県、新潟県を中心に切り花として、さかんに栽培されると共に、人々の間でチューリップが普及され、人気を不動のものとしました。
両県では、チューリップが県の花となっており、生産量も全国一を誇っています。 また、日本で改良された大変すばらしい品種も数多くあり、球根栽培もとても優れていますが、最近ではオランダ直輸入の球根が品質も良く、安価なため年々数多く出回っています。
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