花言葉
「高尚」

[妖艶の美、桜] [桜の種類] [桜の花の観賞の仕方] [お花見の歴史]

 

●妖艶の美、桜

「花疲れ」という言葉がある。最初は花の美しさのとりこになっているが、見とれているうちに花が何重にも重なってその艶めかしさに息苦しさを感じてしまうことがある。 確かに、「桜」は我々に何を連想させるのであろうか?

美、可憐、華やか、耽美、…いや、桜の神髄とも言えるあの神秘的な憂いの姿は慈悲、悲哀、儚さ、妖艶、陶然…という言葉の方が当てはまるのかもしれない。特に、夜のちょうちんのぼんやりとした灯かりに照らし出された、くっきりと白く浮かびあがった花の吸い込まれそうな気迫には怖ささえ感じる。

京都平安神宮内苑の桜
京都南禅寺の近くのしだれ桜

文学でも桜をモチーフにしたものや、タイトルに桜を使用したものも多い。
チェーホフの「桜の園」、坂口安吾の「桜の森の満開の下」、などは学生時代に親の書棚からこっそり盗んで夢中で読破した記憶までもが蘇る。水上勉の「在所の桜」、渡辺淳一の「桜の樹の下」などは刺激的で大人の世界に一歩踏み入れた感覚になった。

タイトルこそ「桜」ではないが四人姉妹が花見に行く姿が巧みに描かれた谷崎潤一郎の「細雪」も代表的な文学の一冊である。

 

京都円山公園のしだれ桜

また、歌舞伎でも凄まじいまでの女の怨念を演目にした「京鹿子娘道成寺」も背景の満開の桜が人の心のすさみをまざまざと浮き彫りにする。

そう考えると「お花見」というものは、花を愛で、ごちそうを食べ、酒を飲む娯楽の宴では決してないような気がする。人間の持つ邪念やしたたかさ、内に秘めた本当の心の顔を桜は表現している気がする。そして、開花させることによって、そのような思いをすべて見せ付けられているような気もする。そうならば、桜の下でのお花見は不思議でもあり、だからこそ、人々は宴を繰り出すのかもしれない。

 

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